塾長ってどんな人?

塾長の受験時代

中学、高校と勉強はできませんでした。しかし、父を癌でなくしているので、高2の夏から医学部へ行きたいと思うようになりました。自分なりに一生懸命勉強してましたが、当然浪人が決まりました。

予備校に行きたかったですが、祖母と二人暮らしで祖母のパート代での家計ではどうしようもなく、自分も工場でバイトしながらの生活です。工場ではベルトコンベアで英単語開きながらの作業です。5分が一時間に感じられました。

5月、工場に出入りの佐川急便の方から誘いがあり、儲かるからという理由でそちらで頑張ることに。 想像以上に大変で朝の6時30までに行き、夜は11時までかかり、土日はぐったりで勉強の意欲すらなくなってしまいました。自分には本当に辛かった~。結局その年のセンターは散々で帰り道泣けてきました。

2年目、朝5時から9時までは市場で、夜はファミレスでバイトしましたが、本気で勉強しました。辛いことも多かった。11月からはすべてやめ、朝5時から夜12時まで頑張った。2年間の苦しい思いがあったからどうしても自分を裏切ることができなかった。結局、センター92%で、倍率12.6倍の浜松医科大に出願。二次も英作以外は出来たので、祖母にも合格を喜んでもらおうと一緒に行きました。しかし10111番は掲示板を何度見てもありませんでした。胸が締め付けられ、歩けないよ。
 結局、後期で名大理学部へ。大学時は、予備校、塾家庭教師で卒業後は大手予備校で働いてきました。

生活も安定し、もう一度だけ人生に挑戦しようと考え、29歳で岐阜大学医学部に入学しました。社会のために役に立ちたい。その一心で頑張りました。

その後、いろんな事があり、いろいろと考え、自分には教えることが天職とわかりました。

人生一回性、自分の人生は自分で切り開くんだと一生懸命に頑張る生徒の応援をしたい!!
合格請負人が必ず合格させます。ぜひとも、ご連絡お待ちしています!

塾長プロフィール

倉橋 一雄(くらはし かずお)

国立大学医学部医学科に入学後、学生時代に学習塾を始め、教えることに生きがいを感じ、教えることを「天職」と決め、今に至る。
これまで指導してきた生徒は500人を超える。
20年以上にわたる指導経験から見えてきた「合格する人のステップ」を徹底的に指導することにより、国公立大学の「合格率」は90%を超える。
信念は「合格請負人が必ず合格させる!」

1998年医学部合格